福岡県内70蔵のお酒が全て揃う店、友添本店。
福岡の希少な地酒を博多からお届け。

柳田(赤鹿毛)

身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ

柳田酒造さんは、宮崎県都城市に位置しています。ここには、数年前に日本一焼酎を造っているガリバー企業霧島酒造さんがいます。今から約40年ほど前(1980年ごろ)先代4代目の時にまわりの焼酎屋さんが1軒また1軒と暖簾を閉じていかれいよいよ次はうちか?と、いうとき芋焼酎製造を捨て麦焼酎専門蔵となるという大きな決断をしました。

4代目当主の兄は、東京農大の有力教授で、焼酎蒸留についての最先端の技術だった減圧蒸留とイオン交換を伝授し、麦焼酎に柔らかな甘み・エレガントな香りと軽やかな飲み口を実現しました。「駒(こま)」の誕生です。

これが、元となり大分の某焼酎蔵さんが、泊まり込みの技術研修をし、次々と麦焼酎が広まっていきました。実は、これが、大分焼酎の発祥(ルーツ)となりました。驚きました。

ここ都城は、もともと薩摩藩で島津家の発祥の地と呼ばれ文化・物流の拠点となっていました。当然、焼酎は、芋ということとなります。

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明治時代西南戦争で疲弊していた鹿児島県それで端的に言えば宮崎県編入の嘆願書を出してそれが受けいれられたということで宮崎県となり、地の利からして南九州の一大拠点として大手企業の支店が多くあり、芋焼酎になじまない関西・関東からの転勤族に大いに評価していただくようになり盛業していったとのことです。

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赤鹿毛(あかかげ)・青鹿毛(あおかげ)誕生秘話

赤鹿毛(あかかげ)

青鹿毛(あおかげ)

5代目正氏は、東京農大工学部出身の技術者です。その知識をもとに蒸留器の改造を幾度も重ね、もろみの沸点と蒸留器を調整し、苦心の末に新しい味を発見。ちょうど常圧蒸留と減圧蒸留の中間になったある条件下で常圧蒸留の良さ(ボディ感)と減圧蒸留の良さ(華やかな香り)を兼ね備えた焼酎ができました!本人曰く中圧蒸留法。大麦のほんのり甘く香ばしい香り、素朴で甘く柔らかい口当たりで口全体にパッと広がる味わい。幅広い年齢層に好まれる麦焼酎です。これが、赤鹿毛の誕生となりました。

「赤鹿毛」に続いて、様々な醸造工程において工夫と調節を繰り返し、平成18年に誕生した大麦焼酎発酵温度を高めに経過させることで酵母を活発にし、香ばしさと滑らかさを、常圧蒸留の熱の与え方を従来の方法を改良し、さらに麦の甘さと焙煎香が豊かに表現。

またこの焼酎の特徴的なのが「濁っている」こと。この濁りは高級脂肪酸エチルエステルといって、焼酎のうまみ成分として扱われる反面、残っていると酒に悪さをするということは昔から言われてきましたが、(軽くて)液中に溶け切らないものを取り除き、(重くて)液中に留まれるものは残しておく。このようにすれば、時間が経っても脂が悪さをすることは無いとわかってきたそうです。つまり熟成中に脂肪酸が浮いてきて、空気に触れると酸化して酒が悪くなる。酒の中にいる状態ではいい影響を与えてくれる。という見解です。

そこで柳田酒造では高級脂肪酸エチルエステルが上がってくる時間帯に合わせて、毎日毎日 高級脂肪酸エチルエステルが、浮かび上がらなくなるまで油と我慢比べをし続け、濾過を行います。

濾過にはと馬の毛で作った裏漉し網を用いますが、その毛と焼酎の脂の相性が良いらしく、先代の頃からずっと使っているとのこと。この網を製造できるのが日本に一人しかおらず、無ければ青鹿毛は造れないという生命線だということ。予備で新しいものを注文したが、一年待ちとなっていたそうです。

今では、国際線のファーストラウンジ、海外の航空会社ラウンジでも提供されていたりしています。手作り少量生産の為なかなかのどを潤すことが難しい商品となっています。

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5代目の決意

千本桜

「母智丘 千本桜」の復活

当社には、2013年に35年ぶりに復活させた「千本桜」という芋焼酎があります。

私がまだ20代の頃、エンジニアとしての仕事を辞め、蔵を継ぐ決意をした時、「千本桜を復活させたい!」と強く思いました。父が製造をやめた「千本桜」。その復活こそが私の使命と思い込んだ私は、日頃からお世話になっている酒屋様にご挨拶に伺い、その復活を宣言しました。酒屋の方々は、口々に私のその宣言を快く歓迎してくださいました。

ただ、ある酒屋様は違いました。私を叱ってくださいました。

「それは違う。」と叱ってくださった酒屋様は、若かった私の勘違いを正面から忠してくださいました。

「お父さんへの敬意を示すなら、まずはお父さんが一生懸命造り続けてきた、むぎ焼酎のブランドをしっかり受け継ぎ、守ることが先だ。それができた後に、新しいことができるのだ。」先代が、蔵を守るために、家族や従業員を守るために、焼酎を守るために造ってきたむぎ焼酎の味を守る、それが私の使命。

教えていただいた私は、ただ一心にむぎ焼酎を造り続けました。先代からのブランドを守り、蒸留に工夫を加えて自分のスタイルの新しいむぎ焼酎も創りました

5代目として蔵を守り、先代の技を受け継いで10年経った年、私は40歳になりました。その年に「千本桜」を復活させました。

35年ぶりの当社の芋焼酎「千本桜」の復活です。

断腸の思いで造るのをやめた芋焼酎をもう一度柳田酒造から送り出すために、病床の先代も杜氏魂を奮い立たせ、渾身の力をふるって陣頭指揮をとりました。

蔵のみんなで、ふたたび「千本桜」を復活させた時の嬉しさは言葉にはできないほどで、皆様への感謝があふれ出た瞬間でした。

家族経営の小さな蔵ですが、私たちは、先代から受け継いでいる「焼酎の味と思い」を守るという信念を貫くつもりです。

柳田酒造は、いつも生真面目に 焼酎造りと向き合い、励んでおります。

2013年 5代目柳田正氏談

地域を愛し 地元にこだわる

原材料が命

麦焼酎にこだわる柳田酒造は、九州産大麦「ニシノホシ」を主原料に採用し『駒』を製造。また「良い麦」を求めて辿り着いた品種が宮崎県在来品種「ミヤザキハダカ麦」。外来種と交わっていない、純粋な在来品種です。農業試験場にわずかに残っていた幻の麦の種を、平成19年栽培に挑戦、復活に成功。翌年、宮崎県食品開発センターとの共同で試験醸造をし、従来の国内産大麦と比較しても麹造りに適していることが確認されました。他のどの麦焼酎とも異なる個性的な香りの麦焼酎と言われており、柳田酒造の麦焼酎への思い入れの強さが伺えます。『ミヤザキハダカ 駒』は、約3000本秋期限定販売。

ミヤザキハダカ 駒

敷地内から湧き出る地下水

霧島連山を眺める都城盆地にあります。都城盆地の地下には長い年月をかけて盆地の地下の硬い岩盤が都城をお椀のようにとり囲んで純粋できれいな水を担保しています。

その水量は豊富で絶えた事がないと言われています。敷地の片隅にある井戸からはそんな地下水を常時くみ上げ、仕込みや割り水に使っています。この水は、柳田家では日常生活にも使っているそうです。

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芋焼酎の原料にもこだわりが

芋焼酎のもちろん地元の農家さんと一緒に研鑽は欠かせません。いまコガネセンガンを中心に8ヵ月の熟成をさせ、糖度を思いっきり上げてから醸す取り組みをしています。来季からは、蔵内にて熟成蔵を建ていろんな芋とともに、細やかに熟成観察を始め精度を上げていくそうです。

アルカリ性の地下水を使う魔力

「駒」の魅力は、“二日酔いしにくい焼酎”と言われていることにもあります。

本格焼酎を適量飲むと体に良いということを紹介し、焼酎ブームの火付け役ともなった「おもいッきりテレビ」で、その当時紹介されたのがこの「駒」でした。

「駒」は、からだにやさしいアルカリ焼酎です。通常の焼酎は、蒸留によってアルコールを濃縮したものでミネラルをほとんど含まないため中性を示すはずですが、麹用の穀類由来のリンを含むため酸性を示します。しかし、麦焼酎「駒」は、弱アルカリ焼酎です。また、蒸留した際に不純物を多く含む始めの部分は二度蒸留、そして、蔵元独自の特殊濾過によりアルコール有害成分であるアルデヒドを少なくする工夫をされています。より健康的に焼酎を楽しもうという方にオススメです。

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6代目にバトンを意識して

都城で現在4軒の焼酎蔵さんがあり、一番古い(明治35年創業)の柳田酒造さんは、なぜか次男さんが、後継ぎとなっていましたが、6代目候補は、かわいい一人愛娘さんです。5代目正社長は、この娘に継がせるべく蔵内の暗い・汚い・重い・危ないを改善し、将来女性だけで柳田酒造を運営できるほどのイメージチェンジを今画策しています。

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